霞ヶ浦湖岸探検隊

エピローグ〜旅の終りに

霞ヶ浦と私

霞ヶ浦を初めて見たのは航空機の上からです。羽田発千歳行き。とにかくその広さには、ただただ驚くばかりでした。

サロマ湖、洞爺湖、支笏湖、屈斜路湖、阿寒湖、摩周湖、十和田湖など、国内では面積の大きい方の湖ばかり見てきました。例えばサロマ湖と西浦の面積を比較すればそれほど大きな違いはありません。しかし霞ヶ浦(厳密に言えば西浦)は空から、しかもあまり高度がない場所から眺めた事もあり、とてつもなく広い!と感じたのです。かれこれ四半世紀以上も前の事だったかと記憶しています。

そして初めて霞ヶ浦を陸の上から見たのは2001年の夏でした。今は廃線となってしまった鹿島鉄道の車窓から、夕映えの中に霞ヶ浦と筑波山が見えた時の光景は今も忘れる事ができません。そのあまりの美しさに思わず息を飲みました。

最近になってわかった事ですが、水郷筑波国定公園の中にいたのですね、私は。思えばこの時はまだ東京勤めだったなぁ。

そしてつくばへ転勤となってからは、仕事上の理由から「車」で走ってその広さを実感する事になります。旧玉造町や旧麻生町(いずれも現行方市)へ行く機会が多く、例えば霞ヶ浦大橋を何十回走ったかもう覚えていないほどです。

ある時は、帰り道に国道ではなくあえて湖岸道を走った事もありました。また別の天気のよいお昼時、いつものように「道の駅玉造」のレストランで食事をするのではなく、ファストフードを買って湖岸で霞ヶ浦を眺めながらランチした事もありました。

複数の客先を回る都合上、西浦を霞ヶ浦大橋(当時は有料だった)をショートカットして霞ヶ浦ほぼ3/4周した事もありました。つくばを出発して戻ってくるまで、計125キロくらい走りました。とにかく広い、そして、とても疲れたぁ、という印象が残っています。

そんなに広い西浦を、そしてもっと広い霞ヶ浦を、まさか自転車で一周する事になるとは夢にも思っていませんでした。

自転車で走るということ

風と季節を感じたい。ただただそれだけの理由で、壮年になって始めた自転車生活。

最初の頃の筑波山神社へのトライにより、私は自転車で走る苦しみと挫折と、そして喜びを味わいました。とにかく辛かった。でも、苦労して走った先には必ず絶景が待ち受けているという事を学んだと思っています。

筑波山神社にも登った、りんりんロードも何度か走った。さて、次はどこを走ろうか?ネットで検索して見つけたのが霞ヶ浦のサイクリングコースでした。

今になって思い起こせば私は、自転車は見知らぬ景色を十分に堪能できる事と、ちょっとだけ頑張れば自分が思っているよりも遥かに長い距離を走れるという事を、この霞ヶ浦で学んだような気がします。

仕事上の理由でもなければ車でも絶対に走りたくない西浦の霞ヶ浦大橋ショートカット一周。しかしながら、結果として複数回に及んでしまいましたが、なんとかそれを自転車で達成してしまったのです。更に大橋の北側も気になったので走破。結局西浦一周を成し遂げてしまいました。

そしてこの頃、霞ヶ浦とは厳密に言えば(国の管理上の名称で言えば)、霞ヶ浦(西浦)・北利根川・外浪逆浦・鰐川・北浦・常陸利根川の全てだと言う事と、その湖岸延長の距離は約250キロと琵琶湖のそれを凌ぐという事も知りました。

いつか霞ヶ浦を一周したい。その一貫として、私は初めての自転車旅行に出かける事にしました。できるだけ霞ヶ浦の湖岸を通りながら、千葉県の九十九里浜の端っこまで。しかしそれも、仕事が落ち着いてどうにか出発できる目処がたった11月の事。日は短く昼夜の寒暖の差もあり、およそサイクリングには適さない時季になってようやくの事でした。

あまりにも広すぎる霞ヶ浦、そしてチャンス

結局のところ、霞ヶ浦一周のその夢はそう簡単には実現できませんでした。つくば出発の場合、西浦の大橋ショートカットコースだけでも走行距離は130キロ。西浦リアル1周ともなれば160キロ。私の体力ではこれだけでも無理です。

加えて、霞ヶ浦の残っている北浦やら常陸利根川(外浪逆浦と北利根川含む)右岸を考えると、私にとって、仮に日の長い時季であっても最低2泊は必要です。

梅雨の時季は日は長いが雨が多く、冬の時季は雨の心配はないが日が短く。GWにまとまった休みがとれたとしても、雨やら強風ではやはりサイクリングには敵しておらず。夏と年度末は休日も返上で働くのが通例でしたから、なかなか湖岸一周の旅に出かける事ができませんでした。

そんなワケで今年(2010年)のGWは、天気よし&まとまった休みが取れると、絶好のチャンスだったのです。

最後は大変な思いをしながらの走行でしたが、なんとかやり遂げる事ができました。

思えば遠くへ来たもんだ

最後の霞ヶ浦湖岸一周の旅の途中で、クロスバイクの走行距離が5000キロを超えました。以前、旅を共にしたMTBルック車の走行距離は2200キロ超。気がつけばこの旅が終わった時には、およそ7500キロ以上の距離を走っていました。わずか1年と10ヶ月強の間に。

7500キロという距離。仮に稚内を出発したとして、沖縄を過ぎ、それから・・・もはや想像もつきません。さすがに地球一周にはまだまだ遠く及びませんが、しかし、なんだかとんでもない距離を走った事は実感できました。

まだまだ続く、自転車の旅

湖岸探検の旅が終えてほっとしたのもつかの間。しかし現実には、その地点から50キロ以上の距離を走らなければ自宅に辿り着くことができません。その長い距離の間、ず〜っとこんな事(↑)を考えながら走っていました。

3日連続で走り続けて体はボロボロ。5000キロを越えて自転車のチェーンが伸びてしまったのか、どうやって調整しても消えない金属的な異音。自転車もボロボロ。

明日は休もう。そして疲れきっているであろう自転車のチェーンも交換してあげよう。確か、グランステージ山新に必要なパーツが全て揃っていたはず。

まずは休息を。

でもその翌日には・・・

きっといてもたってもいられず、きっとどこかへ向けて走り出すことだろうなぁ。

湖岸探検の旅はこれにて終了。

でも、自転車旅はまだまだ終わらないのだ!

霞ヶ浦湖岸探検隊・・・・了


霞ヶ浦湖岸探検隊

庶民チャリダー

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